大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成3年(ワ)232号 判決 1993年2月23日

原告

藤井昇

被告

株式会社丸三商店

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一〇九万三二二六円及びこれに対する昭和六三年四月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の、その三を被告らの各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

以下、「被告株式会社丸三商店」を「被告会社」と、「被告山口幸夫」を「被告山口」と、略称する。

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金三六四万六九六三円及びこれに対する昭和六三年四月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(ただし、右請求金三六四万六九六三円は、本件損害金七九三万三八七三円の内金。)

第二事案の概要

本件は、自家用普通貨物自動車に追突された事業用普通乗用自動車の運転者が、同追突により負傷したとして、同普通貨物自動車の所有会社に対して自賠法三条に基づき、その運転者に対して民法七〇九条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)の発生。

2  被告らの本件責任原因〔被告会社=被告車の所有者(自賠法三条所定)、被告山口=前方不注視の過失(民法七〇九条所定)。〕の存在。

なお、被告車の本件事故当時の速度は、少なくとも時速二〇キロメートルであつた。

3  原告は、本件事故後、塩谷外科(担当医立花照也)において、入院一四三日、通院九か月二三日(実治療日数二三三日)の治療を受けた。

4  原告は、本件事故後、同人の本件損害に対する填補として、次の各金員を受領した。

(一) 治療費 合計金四二八万六九一〇円

(二) 休業損害填補金 合計金二一五万二二四七円

(任意保険金金一一五万七一四三円)

(労災保険金金九九万五一〇四円)

(三) 総計 金六四三万九一五七円

二  争点

1  原告の本件事故による受傷の有無

(一) 原告の主張

原告は、本件事故により、頸背部挫傷・腰部挫傷の傷害を受けた。

同人は、右受傷の治療として、前記入通院したものである。

なお、同人の右受傷は、平成元年六月二〇日、症状固定した。

(二) 被告らの主張

原告の主張事実は否認。

原告には、その主張にかかる受傷が発生存在していない。

したがつて、同人の前記入通院は、本件事故との間に相当因果関係がない。

又、原告に右受傷が発生していないから、同受傷の症状固定ということもあり得ない。

2  原告の本件損害の具体的内容(弁護士費用を含む)

3  原告の疾患と本件損害との関係

(一) 原告の主張

原告には本件事故当時第五・第六頸椎椎間腔狭小が存在し、同変形による局所的症状は本件事故によつて顕在化して同人の本件治療にも影響を及ぼしたと認められる。

しかしながら、原告の本件治療の内容及びその期間は、本件事故の態様に照らして、その全てを加害者に負担させるのが公平の理念に照らして著しく不当と認められる場合に該当しないというべきである。

よつて、原告の右変形が同人の本件損害の拡大に寄与したとしても、これを理由とする本件損害額の減額は、許されないというべきである。

(二) 被告の主張

原告の主張事実は否認し、その主張は争う。

第三争点に対する判断

一  原告の本件事故による受傷の有無

1  証拠(甲二ないし五、七、一八の1、2、乙一二、証人立花照也、原告本人、弁論の全趣旨。)を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 原告は、本件事故直前、原告車を運転して本件交差点の東方約三〇メートルの地点付近に至つたが、その際、同交差点の対面信号機の表示が赤色で、自車前方に同信号表示にしたがつて停車している車両を認めた。

そこで、原告も、同信号表示にしたがい同停車中車両の後方に原告車をゆっくり停車させたところ、その直後、被告車から追突され、原告車は、そのはずみで、約一・七メートル前進した。

(二) 原告車は、本件追突により、後部バンバー・トランク・フエンダー等凹損の被害を受け、その修理費用として、金三八万六七二〇円を要した。

(三)(1) 原告は、原告車を右一時停車させた時、たまたま同車両運転席のやや左前方にあるヒーターのスイツチを左手で入れようとし、右手でハンドルを握り体を少し左前寄りにしていたが、本件追突の衝撃で、首部が後方に反つて後頭部を同運転席のヘツドレストに衝突させた。

勿論、同人は、本件追突の発生を全く予想していなかつた。

(2) 同人は、本件追突後、その首部から背部にかけて電気が走つたような痛みを感じ、約二〇分後に、気分が悪くなり耳鳴りがし出した。

しかし、同人は、しばらく様子を見ようとそのまま帰宅し就寝したが、翌日、気分が悪く首部が極端に張り腰痛で歩行しにくかつたので、塩谷外科に赴き、同病院医師立花照也(以下、立花医師という。)の診察を受けた。

(四) 立花医師は、外科臨床医として四〇年余りの経験を有し本件まで無数の頸部捻挫患者の診察治療に当たつて来たものであるが、原告についても、問診・触診の結果、同人には、その頸部から背部にかけての緊張感と痛み・むかつき・右耳の耳鳴り・頸部の前後屈運動の障害等があると判断し、これに基づき、同人の傷病名を頸背部挫傷・腰部挫傷と、同人に対しては当面入院させて安静加療する必要があると診断した。

ただ、立花医師は、右診察の際行つたX線検査の結果から、原告の第五・第六頸椎椎間腔が狭小しているとも診断していた。

2  右認定各事実を総合すると、原告は、本件事故により頸背部挫傷・腰部挫傷の受傷をしたと認めるのが相当である。

したがつて、原告の本件入通院自体は、右受傷の治療として必要であり、本件事故の間に相当因果関係があるというべきである。

よつて、原告のこの点に関する主張は、理由がある。

3  他方、被告は、右認定説示に反する主張をし、その主張にそう証拠(乙一〇、証人林洋)がある。

しかして、右各証拠の記載内容及び供述内容は、要するに、本件事故を自動車工学的見地から解析した結果、本件追突の衝撃度からみて同追突により原告に前記受傷が発生するのは無理であるとの趣旨にある。

しかしながら、右各証拠の記載内容及び供述内容は、未だ原告の本件受傷の発生に関する前記認定説示を覆すに至らない。

その主な理由は、次のとおりである。

右証拠の記載内容及び供述内容において、物理的計算式の採用、その計算式の展開自体には誤りがないにせよ、その基礎資料の選択に難点がある。

即ち、本件関係車両の本件破損状況を、現物そのものでなく、写真や報告書の記載によつて得ている。それ故、同破損状況の把握につき不正確性が混入する危険がある。

次いで、前記計算式によつて得た結論(衝撃度)を本件事故に当てはめるにつき、本件事故とは全く無関係な人的実験(ダミー・死体・ボランテイア)によつて得た実験結果を採用している。それ故、同実験結果の当てはめには、原告の本件事故当時における身体の具体的状況、特に、同人の本件衝撃時における頭部・腰部の具体的運動経過が捨象されている。

これらの各点から見て、右各証拠の記載内容及び供述内容は、原告の本件受傷の発生に関する前記認定説示を覆す程度の証拠力を有するとは認め難い。

よつて、右各証拠に基づく被告の前記主張も、理由がなく採用できない。

4(一)  原告は、同人の本件受傷は、平成元年六月二〇日症状固定した旨主張し、それにそう証拠(甲七、乙一二の一部、証人立花照也の一部。)もある。

したがつて、原告の右主張事実は、一見これを肯認し得るかの如くである。

(二)  しかしながら、一方、証拠(乙一二の一部、証人立花照也、原告本人の各一部。弁論の全趣旨。)によれば、立花医師は、昭和六三年一〇月二七日、原告につき、頸部の圧迫感・後頭部の鈍痛・腰痛を訴え、精力的に加療をなすも経過緩慢なりと記録し、同年一二月初めにも同趣旨の記録をしていること、同医師は、原告に対する治療効果が非常に緩慢であるところから、自分自身の同治療方法に対する検討と今後の治療方針とを兼ねて、同年一一月二九日、神戸市立西市民病院整形外科医師宛に原告の診察を依頼したこと、しかし、原告が現実に診察を受けたのは、神戸労災病院整形外科であつたこと、同病院内科の医師前之園三郎は、原告を直接診察したうえ、同人の第五・第六頸椎の椎間板が狭小していて、そのために同人の局所に現症状が発現しているのであり、頸神経根症状は自・他覚的にもなく神経学的には支障がない旨の回答をして来たこと、立花医師は、同回答から同医師の原告の症状に対する診断と同症状に対するそれまでの治療方法で良いとの確信を持つたこと、同医師は、翌年一月五日にも、原告には頸部の倦怠感・腰痛があり頸部の牽引療法や超短波照射療法を併用して加療中であるが経過緩慢と記録していること、同医師は、同年二月二日にも、同趣旨の記録をし、同年三月四日に至り、原告の頸部の倦怠感・鈍痛は徐々に軽快、治療日数に鑑み症状固定の時期と考えると記録していること、同医師は、同症状固定に関する判断を原告に伝えたところ、同人は、もう暫く治療を継続して欲しい旨返答したこと、そこで、同医師も、原告の同要望を容れて、治療を継続することにしたことが認められる。

しかして、右認定各事実を総合すると、原告の本件受傷に対する通院治療中、平成元年三月一日以後の治療は、原告の心因性症状に対するものであつて本件事故との間に相当因果関係の存在を認め得ないというのが相当である。

本件において、原告の前記主張事実にそう前掲証拠のみでは右認定説示を打破し得ず、それ以外に、同証拠を補強しあるいはそれ自体で同人の同主張事実を証明するに足りる証拠はない。

しからば、原告の右主張事実は、未だ証明されていないというほかはない。

むしろ、右認定各事実を総合すると、原告の本件受傷は、原告の主観においてはともかく、客観的には遅くとも平成元年三月一日症状固定したと認めるのが相当である。

5  右認定説示から、原告の本件受傷に対する治療経過中、本件事故と相当因果関係に立つ治療とその期間を、次のとおり認めるのが相当である。

(一) 入院治療期間

昭和六三年四月八日から同年八月二八日までの一四三日間。

(二) 通院治療期間

昭和六三年八月二九日から平成元年二月二八日まで(実治療日数一四六日。乙一二。)なお、原告は、立花医師から毎日の通院を指示されていた(証人立花照也)。

二  原告の本件損害の具体的内容

1  治療費(請求 金四二八万六九一〇円) 金四二八万六九一〇円

治療費の金額については、当事者間に争いがない。

2  入院雑費(請求 金一七万一六〇〇円) 金一七万一六〇〇円

原告の本件入院期間が一四三日であることは、前記認定のとおりである。

よつて、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)としての入院雑費は、右入院期間中一日当たり金一二〇〇円の割合による合計金一七万一六〇〇円と認める。

3  通院等交通費(請求 金三一万九〇七〇円) 金一六万一三四〇円

(一) 原告本人分(請求 金二五万九七九〇円) 金一六万一三四〇円

原告の本件受傷の具体的内容、同人の本件通院期間が昭和六三年八月二九日から平成元年二月二八日まで(実治療日数一四六日)であることは、前記認定のとおりである。

右認定各事実に基づくと、原告の本件損害としての通院交通費は、公共交通機関を利用するに要した費用と認めるのが相当である。

したがつて、原告主張の右損害費目中タクシー代として主張請求している金一万二七五〇円については、これを本件損害と認めることができない。

証拠(甲九の1、2、原告本人。)によると、原告が本件通院治療に要した右費用は、合計金一六万一三四〇円であることが認められる。

よつて、原告の本件損害としての通院交通費は、合計金一六万一三四〇円と認める。

(二) 原告の妻分 (請求 金五万九二八〇円)

原告は、同人の妻が原告の看護のために要した交通費金五万九二八〇円も本件損害として主張請求している。

しかしながら、原告の本件受傷の具体的内容は前記認定のとおりであるところ、右認定事実に照らすと、同人の妻の右交通費は、未だ本件損害と認め得ないし、これを本件損害と認めるに足りる証拠もない。

よつて、原告の右主張請求は、理由がない。

4  休業損害 (請求 金三五〇万八五四〇円)

(内給与分金二八八万九六六四円)

(内賞与分金六一万八八七六円)

金二七二万四一三〇円

(一) 原告が本件受傷治療のため昭和六三年四月八日から同年八月二八日まで入院(一四三日間)し、同年八月二九日から平成元年二月二八日まで通院(期間一八四日。実治療日数一四六日。)したことは、前記認定のとおりである。

(二) 証拠(甲一一の1、2、一二の1ないし3、原告本人。)によれば、原告は、本件事故当時、神戸市長田区菅原通所在三宮自動車交通株式会社にタクシー乗務員として勤務し、当時、同会社から給与一日平均金六八五四円(原告の主張にしたがう。)と年二回の賞与を得ていたこと、しかし、同人は、右入通院期間中、同会社から、次の同給与及び賞与(ただし、平成元年度上期分については、本件損害としての範囲。)を受け得なかつたことが認められる。

給与 合計金二二四万一二五八円

6854円×327=224万1258円

賞与 合計金四八万二八七二円

昭和六三年度上期分 金八万五二二二円

同年度下期分 金二六万五一〇〇円

平成元年度上期分 金一三万二五五〇円

総計 金二七二万四一三〇円

(三) よつて、原告の本件損害としての休業損害は、総計金二七二万四一三〇円と認める。

5  慰謝料 (請求 金一五〇万円) 金一四〇万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、原告の本件損害としての慰謝料は、金一四〇万円と認める。

6  原告の本件損害の総計 金八七四万三九八〇円

三  原告の疾患と本件損害との関係

1  原告において、同人には本件事故当時第五・第六頸椎椎間腔狭小の疾患があり、これによる局所的な症状が本件事故により顕在化して本件治療にも影響を及ぼしたことを先行的に主張し、被告において、これを援用していない。

そうすると、原告の右主張内容は、本件訴訟資料として判断の対象になると解されるので、以下、その当否について判断する。

2  原告に本件事故当時その主張にかかる疾患が存在したこと、同疾患が同人の本件治療に影響を及ぼしたことは、前記認定にかかる、立花医師の原告に対する初診時の診断内容、その治療(通院治療)経過(特に、神戸労災病院整形外科医師前之園三郎の回答書)から明らかである。しかして、証拠(原告本人、弁論の全趣旨。)によれば、原告は、本件事故前、通常に勤務し、同人の身体に同事故後に生じたような痛みを覚えていなかつたことが認められるから、同人の同事故後における前記認定の各症状には、同疾患による症状が同事故により顕在化し混在するに至つたと認めるのが相当である。

3  ところで、本件のように交通事故の被害者に同事故前から存在した疾患と同事故による損害額算定との関係については、次の見地に立つのが相当である。

即ち、被害者に対する加害行為と、被害者の罹患していた疾患が、ともに原因となつて損害が発生した場合に、加害者に損害の全部を賠償させることが、当該疾患の態様・程度等に照らして公平を失するときは、損害の公平な分担を図る損害賠償法の理念からして、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項を類推適用して、被害者の当該疾患を斟酌することができると解するのである(最高裁平成四年六月二五日第一小法廷判決・裁判所時報第一〇七七号六頁参照。)。

右見地に基づき、前記認定の本件事実関係を検討すると、原告の本件治療期間を長引かせ、同人の治療費や休業損害等を拡大させた原因は、同人の前記疾患にもあつたと認められ、それ故、同人の本件損害の全てを本件加害者である被告らに負担させるのは公平を失するというのが相当である。

よつて、本件においては、右見地にしたがい、原告の本件損害額の算定に当たり、同人の右疾患に存在を斟酌し、前記認定にかかる同人の本件損害金八七四万三九八〇円に対し、その一五パーセントを減額するのが相当である。

右減額後において原告が被告らに請求し得る本件損害は、金七四三万二三八三円となる(円未満四捨五入)。

四  損害の填補

原告が、本件事故後、本件損害に関し合計金六四三万九一五七円(治療費分金四二八万六九一〇円、休業損害補償金金二一五万二二四七円。)を受領したことは、当事者間に争いがない。

しからば、原告の右受領金合計金六四三万九一五七円は、本件損害に対する填補として同人の前記損害金七四三万二三八三円から、これを控除すべきである。

右控除後における原告の本件損害は、金九九万三二二六円となる。

五  弁護士費用(請求 金三〇万円) 金一〇万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、本件損害としての弁護士費用は、金一〇万円と認める。

第四結論

以上の全認定説示を総合すると、原告は、被告らに対し、各自本件損害合計金一〇九万三二二六円及びこれに対する本件事故日であることが当事者間に争いのない昭和六三年四月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を有するというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、右認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却する。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 昭和六三年四月七日午後四時五〇分頃

二 場所 神戸市中央区東川崎町七丁目三番一二号先国道二号線上の交差点付近

三 加害(被告)車 被告山口運転の自家用普通貨物自動車

四 被害(原告)車 原告運転の事業用普通乗用自動車

五 事故の態様 原告車が、本件事故直前、本件交差点付近で、一時停車していたところ、被告車が、原告車の後方より進来して、同車両に追突した。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例